太陽神ヘリオスの妹である月の女神セレネは、
ひどく内気で孤独な性格の持ち主でした。
彼女は毎夜、兄ヘリオスが西のオケアノスの国に没して火炎車を納めると、
かわって東の空に銀の船を浮かべ、こぎはじめました。
律儀にわき目もふらず、人々が寝静まった夜通し、
一心不乱に仕事に精を出すだけの毎日。
神々は、青ざめて冷たいこの処女神をからかったり、誘惑したりしましたが、
なんの反応もありませんでした。
そんなある晩、夜もだいぶ更けて、
セレネの船も中天にさしかかっていた頃のことです。
女神はふと船の中から、地上の寂しい平原に目を落としました。
するとそこには、たくさんの羊の群に囲まれた青年が、
ぐっすりと眠っている光景がありました。
その青年、羊飼いのエンデュミオンの、美しくもしどけない寝姿に、
女神は目が釘付けとなってしまいました。
女神は彼をもっと近くで見るために、船を下界に近づけました。
そしてとうとう、彼に魅せられて船から草原に下りてしまったのです。
そっと傍らに近寄ると、無心に眠りをむさぼる青年の顔を
まじまじと見つめました。
翌晩もまた翌晩も、エンデュミオンのとりこになったセレネは
道草を続けました。
そればかりか行動もしだいに大胆になっていきました。
眠ったままの青年にキスを繰り返し、抱擁し、
とうとう抜き差しならぬ仲になってしまったのです。
しかし、青年のほうはといえば、毎夜夢の中に
世にも美しい女性が現れては自分を求めているという意識しかありませんでした。
そうこうしているうちに何年かの月日が過ぎていきました。
そんなある日、セレネは思いきって、神々の統率者であり、
全知全能の神であるゼウスの前に進み出て、
エンデュミオンの永遠の命を乞いました。
ゼウスは承諾しましたが、青年は生涯眠ったままとなってしまったのです。
セレネは彼をラトモス山の洞窟に運び、独占し続け、
ついには50人もの子を得ました。
いまでも、美しいエンデュミオンはそこで眠り続けているということです。
エンデュミオンにとっては、眠りの世界でのみ
セレネと接触しているという意識の状態は、
月の示す、内面に隠された深い意識の世界(潜在意識)の状態を
よく表しているお話しです。